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リスクのある人生
丁度転職してから1年が経ったので記念に自分のことを書いてみようかなと。
何というか今の自分の状況は、仕事を始めて1年間なわけですが人手不足のおかげでいろいろやるわけで、おかげさまで大きな失敗に遭遇したりそういうときに自分で対処しなくちゃいけないことがあったりして、改めてリスキーなことをしているんだなと思ったりするわけです。
そんなこんなで、たまにTVとかを見ていると「リスクを負わないと道は開けない」みたいな論調で無茶振りを要求する人がいたりそういうテーマのドラマがあったりするんだなと思うので、昨日午前2時半に起きてから22時間ぶっ続けで起きていて眠い頭で敢えて、リスクを負う人生ってどういうものなんだろうって考えてみようかと思ってみた。
頭があまり働かないので先に言いたいことを言ってしまうと、「人生なんざきっとリスクにまみれていて、如何にリスクを回避するのかと言うのがとても大事であって、リターンが見込めないのならばリスクを取ることは馬鹿かネギを背負った鴨のやることでしかないということなんじゃないのかな」っていう、当たり前のことだったりする。
去年、20代のうちに2度目の転職をしてしまい、真っ当な日系大企業への復帰は基本的には無理になったんだろうと諦めつつ、しかもこのご時勢にお堅い仕事から中小外資系みたいなリスキーなところに行って、このご時勢だから途中で優秀だったのにも関わらずクビになった人も身近に見かけたりしていてヘビーな1年間を務めたわけです。
正直、自分が今の仕事を続けていて何一つ後悔はないけれども、リスクを取ってリターンを取りに言ったと言うよりは、自分はなるようにこういうところでしか働けなかったんじゃないかと言うことであって、やったことのない仕事であっても向いていると思い込んでやったから今の仕事についているだけであって、この仕事が向いていないと思っていたら多分、リスクを取りにいったりはしなかったんだろうなと、つまらないと思っていてもお堅い仕事を続けていたんだろうなと思っているわけです。
と長ったらしく一文で書いてみたわけですが、何が言いたいのかって言うと、自分には運がなかったから景気のいい売り手市場の頃にお堅い日系大企業に行ったはいいけれども、今のやりたいと思う仕事にありつくことができず、転々と5年間も職場を回って気がつけばお堅い仕事で着実にだのリスクだのということもあまり考えることも出来なくなって、どうせ一生やりたい仕事できないで後悔しながら死ぬんだったらそのほうがよっぽどリスキーな人生じゃんと思って、「チャンスをください!この仕事がしたいんです!」って入社したのが去年だったんだなと思いだしました。
あれで、入社できたのは本当に運が良かったんだろうと思うわけですが、まぁ、仕事自体はヘビーだったりしますし、人付き合いでお金もかかったりしますからお金もたまりませんし、優秀な人でも人きりにあうことはありますしで、決してラクラクのウマウマな人生になったわけではないんですが、この人生のほうがよほど自分が望むものに近かったのかなと思っている次第です。まぁ、クビになったら結局は滅茶苦茶後悔するんでしょうが。。。
それでも、一切「やりたいです!」といった仕事が回ってこなかった過去の5年間に比べるとよほど面白い。あの頃は社宅だし色々保障されてたし、生活に困ると言うことはなかったけれども、それ以上に向いていると思い込んでいる仕事にありつけたことのほうが自分にとっては大きなリターンだったと思います。
多分、あのまま大企業と言う空間に埋もれて、「やりたい!」と手を挙げたことも永遠に順番がまわらなくなっていって、埋もれていく人生のほうがよほどリスキーだと、人生のかなり長い時間を費やす仕事と言う時間を、「自分に向いていると思いこむことに決めた仕事」に注ぎ込むことが可能になったと言うことは大きなリターンだったんだと思います。
で、そういうリターンを考えてから、あぁ、そういえば今の仕事ってリスキーだし、ちっちゃい会社だし大変だよねっていうことを考えて、でもそんなリスクよりよほど、リターンのほうが大きそうじゃないかと思って今の仕事にありついたわけです。
だから、何が言いたいのかって言うと、リターンが小さかったり、よく説明がなかったりするのに、「リスクを取れ!」みたいな感じで言う人はやっぱり信用ならねぇなと。自分の人生は、大企業だろうが小さい会社だろうが、どこに行ってもリスクある人生なんだと確認をしてから思い返す、転職後1年目の春のいかさんまでした。
何というか今の自分の状況は、仕事を始めて1年間なわけですが人手不足のおかげでいろいろやるわけで、おかげさまで大きな失敗に遭遇したりそういうときに自分で対処しなくちゃいけないことがあったりして、改めてリスキーなことをしているんだなと思ったりするわけです。
そんなこんなで、たまにTVとかを見ていると「リスクを負わないと道は開けない」みたいな論調で無茶振りを要求する人がいたりそういうテーマのドラマがあったりするんだなと思うので、昨日午前2時半に起きてから22時間ぶっ続けで起きていて眠い頭で敢えて、リスクを負う人生ってどういうものなんだろうって考えてみようかと思ってみた。
頭があまり働かないので先に言いたいことを言ってしまうと、「人生なんざきっとリスクにまみれていて、如何にリスクを回避するのかと言うのがとても大事であって、リターンが見込めないのならばリスクを取ることは馬鹿かネギを背負った鴨のやることでしかないということなんじゃないのかな」っていう、当たり前のことだったりする。
去年、20代のうちに2度目の転職をしてしまい、真っ当な日系大企業への復帰は基本的には無理になったんだろうと諦めつつ、しかもこのご時勢にお堅い仕事から中小外資系みたいなリスキーなところに行って、このご時勢だから途中で優秀だったのにも関わらずクビになった人も身近に見かけたりしていてヘビーな1年間を務めたわけです。
正直、自分が今の仕事を続けていて何一つ後悔はないけれども、リスクを取ってリターンを取りに言ったと言うよりは、自分はなるようにこういうところでしか働けなかったんじゃないかと言うことであって、やったことのない仕事であっても向いていると思い込んでやったから今の仕事についているだけであって、この仕事が向いていないと思っていたら多分、リスクを取りにいったりはしなかったんだろうなと、つまらないと思っていてもお堅い仕事を続けていたんだろうなと思っているわけです。
と長ったらしく一文で書いてみたわけですが、何が言いたいのかって言うと、自分には運がなかったから景気のいい売り手市場の頃にお堅い日系大企業に行ったはいいけれども、今のやりたいと思う仕事にありつくことができず、転々と5年間も職場を回って気がつけばお堅い仕事で着実にだのリスクだのということもあまり考えることも出来なくなって、どうせ一生やりたい仕事できないで後悔しながら死ぬんだったらそのほうがよっぽどリスキーな人生じゃんと思って、「チャンスをください!この仕事がしたいんです!」って入社したのが去年だったんだなと思いだしました。
あれで、入社できたのは本当に運が良かったんだろうと思うわけですが、まぁ、仕事自体はヘビーだったりしますし、人付き合いでお金もかかったりしますからお金もたまりませんし、優秀な人でも人きりにあうことはありますしで、決してラクラクのウマウマな人生になったわけではないんですが、この人生のほうがよほど自分が望むものに近かったのかなと思っている次第です。まぁ、クビになったら結局は滅茶苦茶後悔するんでしょうが。。。
それでも、一切「やりたいです!」といった仕事が回ってこなかった過去の5年間に比べるとよほど面白い。あの頃は社宅だし色々保障されてたし、生活に困ると言うことはなかったけれども、それ以上に向いていると思い込んでいる仕事にありつけたことのほうが自分にとっては大きなリターンだったと思います。
多分、あのまま大企業と言う空間に埋もれて、「やりたい!」と手を挙げたことも永遠に順番がまわらなくなっていって、埋もれていく人生のほうがよほどリスキーだと、人生のかなり長い時間を費やす仕事と言う時間を、「自分に向いていると思いこむことに決めた仕事」に注ぎ込むことが可能になったと言うことは大きなリターンだったんだと思います。
で、そういうリターンを考えてから、あぁ、そういえば今の仕事ってリスキーだし、ちっちゃい会社だし大変だよねっていうことを考えて、でもそんなリスクよりよほど、リターンのほうが大きそうじゃないかと思って今の仕事にありついたわけです。
だから、何が言いたいのかって言うと、リターンが小さかったり、よく説明がなかったりするのに、「リスクを取れ!」みたいな感じで言う人はやっぱり信用ならねぇなと。自分の人生は、大企業だろうが小さい会社だろうが、どこに行ってもリスクある人生なんだと確認をしてから思い返す、転職後1年目の春のいかさんまでした。
面接官は教えてくれなかったけれども、ラノベは教えてくれた
というわけで、ラノベ感想です。
いえいえ、唐突ではないです。ですのでアマゾンリンクも張りましょう。
4月10日に7巻が販売され、アニメ化も決定。6月にはドラマCDもでるなど、話題に絶えない話なわけですが、1巻の帯には「自分じゃぱんつもはけない。そんな天才少女の"飼い主”になりました。」という、けしからん謳い文句で始まった作品です。
これはけしからん。内容をちゃんと見てPTAに抗議しないといけないじゃないかと言うわけで、1巻を買ってみて、それから2巻3巻と買って行って、7巻まで立て続けに買って、ずっと読んでしまいました。いやぁ、仕事どころじゃないね。
というわけで、溝口コージさんの思いっきりあざとい表紙と帯の謳い文句につられて読み始めたわけなんですが、内容は青臭すぎるぐらいの青春ラブコメでした。
主人公にも好感が持てるし、一人ひとりのキャラクターにとても魅力があって素敵過ぎる内容で、「こ、、、こんな青春ラブコメは存在しない!」と叫びたくなるぐらいの青臭さです。だが、それがいい!
生活が破綻してでも、毎日、寝落ちするまでマンガの制作に明け暮れる天才的な絵の才能の持ち主であるましろや、感性がぶっ飛びすぎている美咲やヒキコモリプログラマーの龍之介、モテブルジョワの仁に破綻教師の千尋などなど問題児の巣窟であるさくら荘の面子に振り回される主人公の空太。
いつかさくら荘を出て行ってやると言っていた主人公が、この個性的な同居人たちに刺激を受けて、青春を青春すると言う、青臭い話だったりします。
話自体は王道で、ちゃんとラブコメよろしくのあざとさもあるんですが、それ以上にこの作者の書くキャラクターの努力の仕方や一人ひとりの考え方がとてもいい。
ましろは、絵では少女の頃から圧倒的な天才と言われていたのに、それを捨てて漫画家を目指したものの、内容がなくてつまらないマンガしか書けないでいます。それでも、黙々と毎日深夜まで漫画を描いて寝落ちするまで努力をします。その後ろ姿に主人公が感化されて、何かやってみようと思い興味のあったゲームクリエイターを目指すというのが1巻の内容なんですが、これだけで掴みはOKと言いましょうか、おぉ、萌えかと思ったら燃えだったよっていう感じの話なんですが、更に話を進めると、この作品のあらゆるキャラクターの深堀り具合に驚かされます。
5巻で空太は天才クリエイター、藤沢和希と話をするシーンがあるのですが、ここでのコミュニケーション能力についての語りが凄い。
以下引用
「でも、おかしいと思いませんか?本来コミュニケーションとは、お互いの意思疎通を正しく行うことですよね?なのに、そのコミュニケーション能力の大切さを歌う人が、どうして『コミュニケーション能力が必要』とかたるその話の中で、自分が口にした言葉の本質までを懇切丁寧に語って、相手に誤解がないように伝える努力をしていないのでしょうか?」
「…」
「それが単なる紙面の都合や、クリエーター自身の怠慢であるならまだいいのですが、先ほど言ったように、自分が語っている言葉の本質を理解していない人は意外と多いんです。人から聞いた話を自分の感覚や言葉に落としこめていれば、そうした事態にはならないと思うんですけどね」
「なるほど」
「つまり、僕が考えるコミュニケーション能力とは、知り得た情報から自分の意見を正しく導き出し、自分で思った自分の考えを、自分の言葉で正しく伝えようと努力する姿勢のことなんですよ」
「…」
「それは、同時に、相手の意見を一度は受け止める余裕を持って、相手の話の本質がどこにあるのかを考えながら、相手の話を最後まで聞く姿勢のことでもあります。必ずしも、話をしている当人が、当人の言いたいことを言葉で完璧に表現できているとは限りませんのでね。聞く側にも協力する姿勢は大切だと思います。そういうわけですから、当然、コミュニケーション能力と言うのは、打ち合わせの席で空気を読んだつもりになって、自分の思考を放棄して、他人の意見に乗っかる上辺だけの協調性のことではないんですよ」
「…」
「少し話が長くなりましたが、自分の話をするときは、自分の考えをきちんと把握した上で相手に伝え、相手の話を聞くときには、相手の話の本質がどこにあるんかを考えながら耳を傾ける…まずは肯定的に。僕はじれが『コミュニケーション能力』だと思っています。それができていれば、打ち合わせや会議の席で、相手の意見に対して『でも』や『だけど』を使う場面も減って、建設的な話し合いができますから」
ここまで、コミュニケーション能力というものを踏み込んで考えたことはなかったし、リアルで面接官をやっているという人が「コミュ力を重視します」って言って、ここまで具体的にコミュ力について語っているのを見たこともなかった。というか、この作者はよく考えているなぁ、と感心してしまった。
大学の部活に行くと、就活中の4年生に対して「コミュ力が大事」と言って語ってくる奴がいるが、そいつらに心から言いたい。それ何だよって。ここまで考えてコミュ力が大事なんて言っていることはないんだろうなと思うし、そういうので就職とか人生の大事な部分が決まってしまうというのはちょっとないよな。。。
多分、このシーンでは、ゲームクリエーターに必要なものだからコミュ力についてこう書いているけれども、仕事によってもコミュ力って変わるんだろうななんていうことも思ったりした。というか、自分自身、コミュ力というものを真面目に考えたこともなかったんだなと思った。ラノベ見て、ここまで物事を考えさせえられたことはなかった気もするな。。。どこぞの偉い人は雑誌の記事で、ラノベや漫画を心からdisってましたが。そういう人にこそ、ちゃんとラノベを読んでみてほしいなと思いますね。
そして、この話は続きもあって、その内容もちゃんとしっかりしている。
「でも、騙されては駄目ですよ?」
「え?」
「今、僕は自分のいったことの半分くらいしか信じていません」
「半分?」
「資質の話です。クリエイターに必要とされるね」
「それはなんですか?」
ぜひとも知っておきたい。
「確かにコミュニケーション能力は大切だと思います。でも、社会人であればどのような職業であれ、当然のように求められるものですよね?わざわざそれをあげるのは芸がないとは思いませんか?」
新しいゲームを発案し続ける和希らしい発言だった。
でも、なんだろうか。もうひとつの資質とは。
「…」
「わかりませんか?実に単純な答えですよ。いくら打ち合わせでお互いの心を通い合わせ、意見のすりあわせが完璧に出来たとしても、出来上がる作品のクオリティが伴っていなければ、何かを作るというこの仕事においては何の意味もなさないんです」
「それは…」
「要するに、アイディアを具現化する創造力なくして、我々の仕事の価値は語ることができません。だから時として、言葉など陳腐に思える瞬間があります。」
なるほど。というか、そうなんですよ。コミュ力だけを重視するんだったら合コンの幹事やっている人は、どんな大企業も引っ張りだこのスーパー社会人じゃないですか。でも、そんなことはあまり多くなくって、結局必要なのはアイデアだったり、人としての魅力だったり、それこそ仕事によって違うんだけれども、自分でないとできない何かなんじゃないのかなって思うわけですよ。
いや、それをこの場で言うとは、マジすげぇやこの作者様という感想でした。というか、ここまで掘り下げてコミュ力やそれ以上に必要なものということを考えたことがあまりなかった。
自分の仕事も、熱意と根性だけじゃ、これから先はきついだろうから、このことはちゃんと心に留めておこうっと、、、
読んでいると、ためになるなぁって言う気持ちと、何だか胸が熱くなってしまう、そんな話でした。
作品としてはそろそろ佳境なのかな?という感じですが、6月にドラマCDが出て、7月に短編集(多分?)が出て、冬か早ければ秋ぐらいに大詰めになりそうな予感です。
いやぁ、燃える萌えに久々にめぐり合いました!
いえいえ、唐突ではないです。ですのでアマゾンリンクも張りましょう。
4月10日に7巻が販売され、アニメ化も決定。6月にはドラマCDもでるなど、話題に絶えない話なわけですが、1巻の帯には「自分じゃぱんつもはけない。そんな天才少女の"飼い主”になりました。」という、けしからん謳い文句で始まった作品です。
これはけしからん。内容をちゃんと見てPTAに抗議しないといけないじゃないかと言うわけで、1巻を買ってみて、それから2巻3巻と買って行って、7巻まで立て続けに買って、ずっと読んでしまいました。いやぁ、仕事どころじゃないね。
というわけで、溝口コージさんの思いっきりあざとい表紙と帯の謳い文句につられて読み始めたわけなんですが、内容は青臭すぎるぐらいの青春ラブコメでした。
主人公にも好感が持てるし、一人ひとりのキャラクターにとても魅力があって素敵過ぎる内容で、「こ、、、こんな青春ラブコメは存在しない!」と叫びたくなるぐらいの青臭さです。だが、それがいい!
生活が破綻してでも、毎日、寝落ちするまでマンガの制作に明け暮れる天才的な絵の才能の持ち主であるましろや、感性がぶっ飛びすぎている美咲やヒキコモリプログラマーの龍之介、モテブルジョワの仁に破綻教師の千尋などなど問題児の巣窟であるさくら荘の面子に振り回される主人公の空太。
いつかさくら荘を出て行ってやると言っていた主人公が、この個性的な同居人たちに刺激を受けて、青春を青春すると言う、青臭い話だったりします。
話自体は王道で、ちゃんとラブコメよろしくのあざとさもあるんですが、それ以上にこの作者の書くキャラクターの努力の仕方や一人ひとりの考え方がとてもいい。
ましろは、絵では少女の頃から圧倒的な天才と言われていたのに、それを捨てて漫画家を目指したものの、内容がなくてつまらないマンガしか書けないでいます。それでも、黙々と毎日深夜まで漫画を描いて寝落ちするまで努力をします。その後ろ姿に主人公が感化されて、何かやってみようと思い興味のあったゲームクリエイターを目指すというのが1巻の内容なんですが、これだけで掴みはOKと言いましょうか、おぉ、萌えかと思ったら燃えだったよっていう感じの話なんですが、更に話を進めると、この作品のあらゆるキャラクターの深堀り具合に驚かされます。
5巻で空太は天才クリエイター、藤沢和希と話をするシーンがあるのですが、ここでのコミュニケーション能力についての語りが凄い。
以下引用
「でも、おかしいと思いませんか?本来コミュニケーションとは、お互いの意思疎通を正しく行うことですよね?なのに、そのコミュニケーション能力の大切さを歌う人が、どうして『コミュニケーション能力が必要』とかたるその話の中で、自分が口にした言葉の本質までを懇切丁寧に語って、相手に誤解がないように伝える努力をしていないのでしょうか?」
「…」
「それが単なる紙面の都合や、クリエーター自身の怠慢であるならまだいいのですが、先ほど言ったように、自分が語っている言葉の本質を理解していない人は意外と多いんです。人から聞いた話を自分の感覚や言葉に落としこめていれば、そうした事態にはならないと思うんですけどね」
「なるほど」
「つまり、僕が考えるコミュニケーション能力とは、知り得た情報から自分の意見を正しく導き出し、自分で思った自分の考えを、自分の言葉で正しく伝えようと努力する姿勢のことなんですよ」
「…」
「それは、同時に、相手の意見を一度は受け止める余裕を持って、相手の話の本質がどこにあるのかを考えながら、相手の話を最後まで聞く姿勢のことでもあります。必ずしも、話をしている当人が、当人の言いたいことを言葉で完璧に表現できているとは限りませんのでね。聞く側にも協力する姿勢は大切だと思います。そういうわけですから、当然、コミュニケーション能力と言うのは、打ち合わせの席で空気を読んだつもりになって、自分の思考を放棄して、他人の意見に乗っかる上辺だけの協調性のことではないんですよ」
「…」
「少し話が長くなりましたが、自分の話をするときは、自分の考えをきちんと把握した上で相手に伝え、相手の話を聞くときには、相手の話の本質がどこにあるんかを考えながら耳を傾ける…まずは肯定的に。僕はじれが『コミュニケーション能力』だと思っています。それができていれば、打ち合わせや会議の席で、相手の意見に対して『でも』や『だけど』を使う場面も減って、建設的な話し合いができますから」
ここまで、コミュニケーション能力というものを踏み込んで考えたことはなかったし、リアルで面接官をやっているという人が「コミュ力を重視します」って言って、ここまで具体的にコミュ力について語っているのを見たこともなかった。というか、この作者はよく考えているなぁ、と感心してしまった。
大学の部活に行くと、就活中の4年生に対して「コミュ力が大事」と言って語ってくる奴がいるが、そいつらに心から言いたい。それ何だよって。ここまで考えてコミュ力が大事なんて言っていることはないんだろうなと思うし、そういうので就職とか人生の大事な部分が決まってしまうというのはちょっとないよな。。。
多分、このシーンでは、ゲームクリエーターに必要なものだからコミュ力についてこう書いているけれども、仕事によってもコミュ力って変わるんだろうななんていうことも思ったりした。というか、自分自身、コミュ力というものを真面目に考えたこともなかったんだなと思った。ラノベ見て、ここまで物事を考えさせえられたことはなかった気もするな。。。どこぞの偉い人は雑誌の記事で、ラノベや漫画を心からdisってましたが。そういう人にこそ、ちゃんとラノベを読んでみてほしいなと思いますね。
そして、この話は続きもあって、その内容もちゃんとしっかりしている。
「でも、騙されては駄目ですよ?」
「え?」
「今、僕は自分のいったことの半分くらいしか信じていません」
「半分?」
「資質の話です。クリエイターに必要とされるね」
「それはなんですか?」
ぜひとも知っておきたい。
「確かにコミュニケーション能力は大切だと思います。でも、社会人であればどのような職業であれ、当然のように求められるものですよね?わざわざそれをあげるのは芸がないとは思いませんか?」
新しいゲームを発案し続ける和希らしい発言だった。
でも、なんだろうか。もうひとつの資質とは。
「…」
「わかりませんか?実に単純な答えですよ。いくら打ち合わせでお互いの心を通い合わせ、意見のすりあわせが完璧に出来たとしても、出来上がる作品のクオリティが伴っていなければ、何かを作るというこの仕事においては何の意味もなさないんです」
「それは…」
「要するに、アイディアを具現化する創造力なくして、我々の仕事の価値は語ることができません。だから時として、言葉など陳腐に思える瞬間があります。」
なるほど。というか、そうなんですよ。コミュ力だけを重視するんだったら合コンの幹事やっている人は、どんな大企業も引っ張りだこのスーパー社会人じゃないですか。でも、そんなことはあまり多くなくって、結局必要なのはアイデアだったり、人としての魅力だったり、それこそ仕事によって違うんだけれども、自分でないとできない何かなんじゃないのかなって思うわけですよ。
いや、それをこの場で言うとは、マジすげぇやこの作者様という感想でした。というか、ここまで掘り下げてコミュ力やそれ以上に必要なものということを考えたことがあまりなかった。
自分の仕事も、熱意と根性だけじゃ、これから先はきついだろうから、このことはちゃんと心に留めておこうっと、、、
読んでいると、ためになるなぁって言う気持ちと、何だか胸が熱くなってしまう、そんな話でした。
作品としてはそろそろ佳境なのかな?という感じですが、6月にドラマCDが出て、7月に短編集(多分?)が出て、冬か早ければ秋ぐらいに大詰めになりそうな予感です。
いやぁ、燃える萌えに久々にめぐり合いました!
休みを使って勉強そっちのけでラノベばかり読んでました。。。
諸君 私はリア充が嫌いだ
諸君 私はリア充が大嫌いだ
友達持ちが嫌いだ
彼女持ちが嫌いだ
顔いいのが嫌いだ
頭いいのが嫌いだ
爽やかさが嫌いだ
いい家柄が嫌いだ
贅沢三昧が嫌いだ
就職勝者が嫌いだ
輝く人生が嫌いだ
平原で 街道で
塹壕で 草原で
凍土で 砂漠で
海上で 空中で
泥中で 湿原で
この地上で行われるありとあらゆるリア充行為が大嫌いだ
彼女をはべらせたリア男のモテるオーラが轟音と共に非リアを吹き飛ばすのが嫌いだ
空中高く放り上げられたリア充の爽やかスマイルで周囲が黄色い声になった時など心が腐る
クラスの中心人物が操る手先のリア男が静寂な休み時間を撃破するのが嫌いだ
黄色い声を上げて燃えさかるリア充トークできゃっはぁとか言うリア女をMGでなぎ倒したいという衝動で胸がすくような気持ちになった
文武両道をそろえたリア充集団の片割れが周囲の人間を見下す目線になるのが嫌いだ
恐慌状態の非リアが実はリア充の目線について何度も何度も妄想しているだけだったという様など感動すら覚える
敗北主義の非リア充がホームルームで吊るし上げられていく様などはもうたまらない
泣き叫ぶ声の中でリア充の振り上げた手の平とともに金切り声を上げて一斉に「悪いと思います」となるなど最低だ
哀れな抵抗者が雑多な論調で健気にも立ち上がってきたのをリア充派閥のクラスの大半が先生ごと一緒になって紛糾した時など絶望すら覚える
登校日の初日に滅茶苦茶にされるのが嫌いだ
必死に守るはずだった仮面が引きはがされ女グループから敬遠され軽蔑される様はとてもとても悲しいものだ
リア充の物量に押し潰されて殲滅されるのが嫌いだ
数の論理に追いまわされ害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ
諸君 私はリア充の地獄をリアルな地獄を望んでいる
諸君 私に付き従う非リア充にすらなれない諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なる戦争を望むか?
情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な闘争を望むか?
『退避! 退避! 退避!』
だよね リア充様にはかないませんよ (o´・ω・`)
というわけで、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」を4巻まで読破しました。3巻のドラマCDも聴きました。
痛い系青春ストーリーって多分はしりは「NHKにようこそ」だと思うんですけれども、あれがリアルなヒキコモリライフを扱ったものなのに対して、「僕は友達が少ない」あたりから、もうちょっと一般的な高校時代に味わうような孤独感を焦点に当ててきていて、その上で主人公をリア充にしないように気をつけつつ現実的にありそうな話にしているのがこの話と言う感じでしょうか。
「NHKにようこそ」はあそこまでのディープなヒキコモリライフを味わったことがないのですが、院生室の中、全く論文のネタが見つからず、でも3ヶ月前には「学者になる!」って息巻いて就活もしてなくて、リアルヒキコモリライフ一歩手前になった身としてはとっても怖かったです。あぁ、こういう世界が間近にあるんだって言う意味で。
それに比べれば「僕は友達が少ない」も「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」も相当軽い感じがします。今、高校生活でボッチを味わってる人にとってどうかは知りませんが、高校生活でクラスの中心人物になれなかった大半の人にとっては共感できるところがあるんじゃないかなと思いますし、その痛さがコミカルに書かれてて自嘲的な笑いも出来る。まぁ、新ジャンルの笑いとも言えると思います。
「僕は友達が少ない」では、結局お前の生活どうみてもリア充っていうぐらいのリア充ライフが描かれているわけですが、そういう展開になりそうになっても決してそうはならないようにもって行くと言うあたりは、力がある作者なんだなと感心させられます。
もう一つ、「僕は友達が少ない」との違いを言うとしたらそれはリア充の扱いだと思います。
「僕は友達が少ない」では「リア充は死ね!」とかしょっちゅうリア充という言葉が出てくるのに対して、リア充の定義がないし、リア充のアンサイクロペディアでの定義よろしく「仮想敵」という意味合いが強い。加えて言えば何かみんなで楽しそうに色々とやっているし、リア充爆発しろとか言うわりにリア充ライフ送っていて「矛盾してない?」って思うこともよくあるわけですよ。こちらの話ではリア充というのはあくまでも仮想敵という意味合いが強くて、十分に主人公たちはリア充ライフを味わっている。
それに対して、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」では葉山と言うリア充がちゃんと居る。彼らリア充の習性もしっかりと書いていて、ああ言ういい奴って居るしクラスの中心になるんだよなぁという様子をちゃんと書いている。で、主人公の八幡はあくまでも先生に言われて部活として雪ノ下と一緒に奉仕活動に取り組んでいるわけで、好意を寄せている由比ヶ浜に対してもその好意に気付きつつ触れないようにかわしている。こういうふうにして折り合いをつけてリア充にならないようにして、友達と過ごさないように独りで過ごすようにしようとしている主人公は実に中高時代の自分に似ています。まぁ、僕は彼とは違っていて可愛い女の子に好意をもたれたことはなかった、というか可愛い女の子が居なかった、、、あれ?なかったよな、、、え、本当に?、、、でも、ないんですよ、それが、、、おかしい、男子校じゃないのに、、、
で、恐らくそれは自分が特殊なんじゃなくて、クラスのリーダーみたいな奴がしきっているグループに入って顔色伺う高校生活にギブアップした大半の人たちにとっては経験したようなことなんじゃないのかとも思います。人間関係がめんどくさくなって、取りあえず勉強だけするという目的で高校に行くようになった経験があるあなたは、この話には共感できるのではないかと。または、人間関係はめんどうだし取りあえず金貰うために仕事だけはしようという生活をしているあなたにも共感できるかと。
で、そこまで書いておいて、げんなりするぐらいの平凡な高校生活が送られるのかと思いきや、雪ノ下との会話がそれなりに面白かったり、八幡も独りぼっちではあるけれどもちゃんとした考えを持っていて主人公としても好感が持てる。いや、良くぞここまで書けるなという感じもありますし、素直に面白いと思います。
というわけで、休みを使って勉強そっちのけでラノベばかり読んでました。。。
諸君 私はリア充が大嫌いだ
友達持ちが嫌いだ
彼女持ちが嫌いだ
顔いいのが嫌いだ
頭いいのが嫌いだ
爽やかさが嫌いだ
いい家柄が嫌いだ
贅沢三昧が嫌いだ
就職勝者が嫌いだ
輝く人生が嫌いだ
平原で 街道で
塹壕で 草原で
凍土で 砂漠で
海上で 空中で
泥中で 湿原で
この地上で行われるありとあらゆるリア充行為が大嫌いだ
彼女をはべらせたリア男のモテるオーラが轟音と共に非リアを吹き飛ばすのが嫌いだ
空中高く放り上げられたリア充の爽やかスマイルで周囲が黄色い声になった時など心が腐る
クラスの中心人物が操る手先のリア男が静寂な休み時間を撃破するのが嫌いだ
黄色い声を上げて燃えさかるリア充トークできゃっはぁとか言うリア女をMGでなぎ倒したいという衝動で胸がすくような気持ちになった
文武両道をそろえたリア充集団の片割れが周囲の人間を見下す目線になるのが嫌いだ
恐慌状態の非リアが実はリア充の目線について何度も何度も妄想しているだけだったという様など感動すら覚える
敗北主義の非リア充がホームルームで吊るし上げられていく様などはもうたまらない
泣き叫ぶ声の中でリア充の振り上げた手の平とともに金切り声を上げて一斉に「悪いと思います」となるなど最低だ
哀れな抵抗者が雑多な論調で健気にも立ち上がってきたのをリア充派閥のクラスの大半が先生ごと一緒になって紛糾した時など絶望すら覚える
登校日の初日に滅茶苦茶にされるのが嫌いだ
必死に守るはずだった仮面が引きはがされ女グループから敬遠され軽蔑される様はとてもとても悲しいものだ
リア充の物量に押し潰されて殲滅されるのが嫌いだ
数の論理に追いまわされ害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ
諸君 私はリア充の地獄をリアルな地獄を望んでいる
諸君 私に付き従う非リア充にすらなれない諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なる戦争を望むか?
情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な闘争を望むか?
『退避! 退避! 退避!』
だよね リア充様にはかないませんよ (o´・ω・`)
というわけで、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」を4巻まで読破しました。3巻のドラマCDも聴きました。
痛い系青春ストーリーって多分はしりは「NHKにようこそ」だと思うんですけれども、あれがリアルなヒキコモリライフを扱ったものなのに対して、「僕は友達が少ない」あたりから、もうちょっと一般的な高校時代に味わうような孤独感を焦点に当ててきていて、その上で主人公をリア充にしないように気をつけつつ現実的にありそうな話にしているのがこの話と言う感じでしょうか。
「NHKにようこそ」はあそこまでのディープなヒキコモリライフを味わったことがないのですが、院生室の中、全く論文のネタが見つからず、でも3ヶ月前には「学者になる!」って息巻いて就活もしてなくて、リアルヒキコモリライフ一歩手前になった身としてはとっても怖かったです。あぁ、こういう世界が間近にあるんだって言う意味で。
それに比べれば「僕は友達が少ない」も「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」も相当軽い感じがします。今、高校生活でボッチを味わってる人にとってどうかは知りませんが、高校生活でクラスの中心人物になれなかった大半の人にとっては共感できるところがあるんじゃないかなと思いますし、その痛さがコミカルに書かれてて自嘲的な笑いも出来る。まぁ、新ジャンルの笑いとも言えると思います。
「僕は友達が少ない」では、結局お前の生活どうみてもリア充っていうぐらいのリア充ライフが描かれているわけですが、そういう展開になりそうになっても決してそうはならないようにもって行くと言うあたりは、力がある作者なんだなと感心させられます。
もう一つ、「僕は友達が少ない」との違いを言うとしたらそれはリア充の扱いだと思います。
「僕は友達が少ない」では「リア充は死ね!」とかしょっちゅうリア充という言葉が出てくるのに対して、リア充の定義がないし、リア充のアンサイクロペディアでの定義よろしく「仮想敵」という意味合いが強い。加えて言えば何かみんなで楽しそうに色々とやっているし、リア充爆発しろとか言うわりにリア充ライフ送っていて「矛盾してない?」って思うこともよくあるわけですよ。こちらの話ではリア充というのはあくまでも仮想敵という意味合いが強くて、十分に主人公たちはリア充ライフを味わっている。
それに対して、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」では葉山と言うリア充がちゃんと居る。彼らリア充の習性もしっかりと書いていて、ああ言ういい奴って居るしクラスの中心になるんだよなぁという様子をちゃんと書いている。で、主人公の八幡はあくまでも先生に言われて部活として雪ノ下と一緒に奉仕活動に取り組んでいるわけで、好意を寄せている由比ヶ浜に対してもその好意に気付きつつ触れないようにかわしている。こういうふうにして折り合いをつけてリア充にならないようにして、友達と過ごさないように独りで過ごすようにしようとしている主人公は実に中高時代の自分に似ています。まぁ、僕は彼とは違っていて可愛い女の子に好意をもたれたことはなかった、というか可愛い女の子が居なかった、、、あれ?なかったよな、、、え、本当に?、、、でも、ないんですよ、それが、、、おかしい、男子校じゃないのに、、、
で、恐らくそれは自分が特殊なんじゃなくて、クラスのリーダーみたいな奴がしきっているグループに入って顔色伺う高校生活にギブアップした大半の人たちにとっては経験したようなことなんじゃないのかとも思います。人間関係がめんどくさくなって、取りあえず勉強だけするという目的で高校に行くようになった経験があるあなたは、この話には共感できるのではないかと。または、人間関係はめんどうだし取りあえず金貰うために仕事だけはしようという生活をしているあなたにも共感できるかと。
で、そこまで書いておいて、げんなりするぐらいの平凡な高校生活が送られるのかと思いきや、雪ノ下との会話がそれなりに面白かったり、八幡も独りぼっちではあるけれどもちゃんとした考えを持っていて主人公としても好感が持てる。いや、良くぞここまで書けるなという感じもありますし、素直に面白いと思います。
というわけで、休みを使って勉強そっちのけでラノベばかり読んでました。。。
ゴールデンタイム読了!
いやぁ!素晴らしかったです!

竹宮ゆゆこさんの新作ゴールデンタイムが出たと聞いて、正直若干積み本になっていた感のあるなか(作者様すいません)、半年ぶりの新刊ということもあったので内容もあやふやになっていたため、1巻から読み返して、4巻まで読みつくしてもう早く次の巻が見たくて見たくて仕方のない自分がいます。
正直、この話は大学生以上の人たちに一番ヒットするかもしれません。大学のサークルだの履修だの飲み会だのの雰囲気を思い出しながら読んでいました。
加賀香子の駄目っぷりと多田万里のあっちゃーっぷりがもう見てて痛くて痛くていいんですよね。
こういう痛い二人を書かせたら、この作者様を超える人は中々いないのではないかと思ってしまいます。
高校までの自分の記憶を喪失している主人公、多田万里、と完璧すぎる彼女、加賀香子。そして高校時代の自分が想いを募らせていたらしい大学の先輩リンダなどなどが織り成すラブコメなわけですが、香子の駄目ッぷりが半端ない!
好きだった幼馴染の大学入学式に車で駆けつけて、薔薇を道端で文字通りに振りまいていく完璧すぎる彼女!いや、完璧じゃないでしょ。っていうか迷惑でしょという彼女。それが加賀香子です。
でも、何だか主人公はこの香子に魅せられてしまって、必死でアプローチをしまくるわけです。最初は「友達で居ましょう」なんて振られてしまうわけですが、友達で居るうちに香子のほうが万里を好きでいることが分かったりしてきて、寂しくて可哀想な女の子なんだなっていう見せ方がまたナイスです。
2巻の飲み会でgdgdになる香子がまた、駄目駄目すぎて面白い。酔っ払って幼馴染とどうしようもない喧嘩をしてそのあと茶道部飲み(という名の修羅場飲み)に献上されてしまう様などは、ありそうでなさそうな大学生活ってことで思い出してしまいそうです(ってそこまでリアルが充実してたか?自分)。というか、大学時代の自分ってあそこまでひどかったっけwって昔を思い出しながら読んでいるおじさんになっていました。
話が動き始めるのかなって思ったのが3巻の最後。万里の高校時代の記憶がフラッシュバックして、かつて想っていた女、リンダのところに帰りたいと無性に思ってしまいます。4巻ではそれからの続きだったわけですが、結局、ストーカーまがいに付きまとわれた加賀香子に全てを打ち明けてしまい、それから昔のことを思い出さないことと約束をしてしまいます。
ここの香子の愛情の書きっぷりがまた、竹宮ゆゆこ先生の素晴らしいところでして、いやぁ、圧巻でした。
結局、リンダとも清算をつけて過去の話はこれで終わりというような感じもしましたが、まだまだ次巻があるわけですよ。過去は互いに想いの通じ合っていたリンダがあまりにも不憫でならない。というか、アマゾンの評価にもあったけれども、とらドラとかと比べて、男どもに魅力がない。
5巻あたりでリンダ視点になったりしないかななんて思ったりもしますが、さてどうでしょう?そして、多田万里のちょっといいところを見てみたい。
面白いんですが、まだまだ化けそうなそんな気のするお話です!

ゴールデンタイム〈4〉裏腹なるdon’t look back (電撃文庫)
- 作者: 竹宮 ゆゆこ
- 出版社/メーカー: アスキーメディアワークス
- 発売日: 2012/03/10
- メディア: 文庫
竹宮ゆゆこさんの新作ゴールデンタイムが出たと聞いて、正直若干積み本になっていた感のあるなか(作者様すいません)、半年ぶりの新刊ということもあったので内容もあやふやになっていたため、1巻から読み返して、4巻まで読みつくしてもう早く次の巻が見たくて見たくて仕方のない自分がいます。
正直、この話は大学生以上の人たちに一番ヒットするかもしれません。大学のサークルだの履修だの飲み会だのの雰囲気を思い出しながら読んでいました。
加賀香子の駄目っぷりと多田万里のあっちゃーっぷりがもう見てて痛くて痛くていいんですよね。
こういう痛い二人を書かせたら、この作者様を超える人は中々いないのではないかと思ってしまいます。
高校までの自分の記憶を喪失している主人公、多田万里、と完璧すぎる彼女、加賀香子。そして高校時代の自分が想いを募らせていたらしい大学の先輩リンダなどなどが織り成すラブコメなわけですが、香子の駄目ッぷりが半端ない!
好きだった幼馴染の大学入学式に車で駆けつけて、薔薇を道端で文字通りに振りまいていく完璧すぎる彼女!いや、完璧じゃないでしょ。っていうか迷惑でしょという彼女。それが加賀香子です。
でも、何だか主人公はこの香子に魅せられてしまって、必死でアプローチをしまくるわけです。最初は「友達で居ましょう」なんて振られてしまうわけですが、友達で居るうちに香子のほうが万里を好きでいることが分かったりしてきて、寂しくて可哀想な女の子なんだなっていう見せ方がまたナイスです。
2巻の飲み会でgdgdになる香子がまた、駄目駄目すぎて面白い。酔っ払って幼馴染とどうしようもない喧嘩をしてそのあと茶道部飲み(という名の修羅場飲み)に献上されてしまう様などは、ありそうでなさそうな大学生活ってことで思い出してしまいそうです(ってそこまでリアルが充実してたか?自分)。というか、大学時代の自分ってあそこまでひどかったっけwって昔を思い出しながら読んでいるおじさんになっていました。
話が動き始めるのかなって思ったのが3巻の最後。万里の高校時代の記憶がフラッシュバックして、かつて想っていた女、リンダのところに帰りたいと無性に思ってしまいます。4巻ではそれからの続きだったわけですが、結局、ストーカーまがいに付きまとわれた加賀香子に全てを打ち明けてしまい、それから昔のことを思い出さないことと約束をしてしまいます。
ここの香子の愛情の書きっぷりがまた、竹宮ゆゆこ先生の素晴らしいところでして、いやぁ、圧巻でした。
結局、リンダとも清算をつけて過去の話はこれで終わりというような感じもしましたが、まだまだ次巻があるわけですよ。過去は互いに想いの通じ合っていたリンダがあまりにも不憫でならない。というか、アマゾンの評価にもあったけれども、とらドラとかと比べて、男どもに魅力がない。
5巻あたりでリンダ視点になったりしないかななんて思ったりもしますが、さてどうでしょう?そして、多田万里のちょっといいところを見てみたい。
面白いんですが、まだまだ化けそうなそんな気のするお話です!
White Album 2 感想 ~強さも醜さも全てを出し切った、雪菜とかずさに感謝を
こんなにみんなにやり込められた話に対して、僕がこれから何か言っても、たいしたことを伝えられないと言うことはわかっているんだけれども、それでもどうしても書かなくてはならない気持ちにさせる。
そんな作品が、2011年のエロゲ最高作といわれたWhite album 2です。
この話は三角関係を描いたもので、主人公が二人のヒロインの間で心が揺れ動くさまを延々と見させられると言う、主人公に対してある種の怒りすら起こるような内容になっている。そもそも書き方だって、学園祭と言う楽しい青春とその後の行き着くところまで行き着いた3人の高校時代の青春と恋を書いておいて、そして、その後大学生活以降の未来と結末を書いていくっていう手法でして、、、、、いやぁ、あれだけの楽しい日々を書いておいて、それからどん底まで突き落とすというのは、読み手の胃痛に訴えかける新たな手法として認定されるのではないかと言うぐらいなものでして、、、、ってあまりに話題が離れすぎてもよろしくないので割愛しますが。
一つ言うとしたら、どぎついエロゲーでした。欝というが正しいのか、ただ欝ゲーと言うにはあまりにも内容が濃すぎる。そして素晴らしすぎる。取りあえずはそういう話でした。
えぇっと、肝心のストーリーはデスね、、、、、(以下微妙にネタバレ。)
『introductory chapter』
舞台は2007年秋[1]の東京都。峰城大付属3年生の北原春希は学園生時代最後の思い出を作るため軽音楽同好会へ加入するが、バンドは痴情のもつれから崩壊してしまった。学園祭のバンド発表を成功させるためメンバー集めを開始した春希は、屋上で歌っていた学園のアイドル小木曾雪菜を勧誘する事に成功する。更に、クラスの問題児冬馬かずさがピアノの天才であったことが発覚し、彼女をメンバーに迎える。バラバラだった3人は一生懸命に打ち込んだ末に学園祭で大成功を修め、3人は心の底から結び合えた…と思っていた。しかし、この日からそれぞれの恋は残酷な悲劇へと走り出してしまう。
『closing chapter』
2010年秋、冬馬かずさとの別れから3年が経ち、北原春希は小木曾雪菜と疎遠になっていた。かずさは遠く欧州の地でピアニストの道を歩み、春希はギターを手放し、雪菜は歌を忘れた。春希の傍にいる女性は雪菜ではなく文学部でできた気の置けない友人、和泉千晶に変わってしまっている。ある日、春希はバイト先の上司である風岡麻理の指示でかずさの特集記事を書くことになった。これが転じて春希と雪菜に復縁の機会が訪れる。また、とある一件から出会った後輩の杉浦小春とは衝突を繰り返しつつも、春希と雪菜の事情を知られたことで復縁の協力を半ば強引に約束される。おせっかいな周囲に後押しされながらも関係修復を探りあう二人。しかし未だかずさとの傷が癒えていない事を思い知り、春希は雪菜に拒絶されてしまう。
『coda』
2012年、『終章』で小木曾雪菜と結ばれてから2年後のクリスマスイブ。雪菜と婚約目前までこぎ付けていた北原春希はストラスブールへの取材旅行中に、冬馬かずさと運命的な再会を果たしてしまう。後に春希は日本公演のため帰国したかずさと密着取材という形で再び関わり合いになることになった。それは今まで何度も決別したはずの、かずさへの愛情を揺り起こすのに十分な日々だった。春希は5年前のように、雪菜を愛する心との葛藤に苛まされていく。
以上wikiより!って内容を伝えるやる気、ないっすね、、、自分、、、いやぁ、正直な感想としては是非プレイしてそれからあらゆるブログを読んで感想をぶちまけあっていただければと思うそういう話なんですよ。wikiなんかで書かれた内容なんかよりも数千倍の威力がある!エロゲってこんなに楽しいんだ!という気持ちでいっぱいになりました。
というわけで、もうしわけながら以下は僕の勝手な感想になります。駄文で申し訳ありませんが、、、、
僕がこの話を読んで一番に思った感想は、雪菜が主人公で、かずさがヒロインだということです。いや雪菜派の皆さん、すいませんが、僕はかずさ派になってしまいました。心の弱い人として弱いかずさと、強くてまぶしい雪菜。その二人が対照的に書かれていて、見るものをあっと驚かすんですよ、この話は。弱い女の子に惹かれるのか、強い女の子に惹かれるのか。多分かずさ派と雪菜派の分かれ目はそこなんじゃないでしょうか?
とりあえず、始めてみて雪菜ルートをまっしぐらにやっていきました。最初に見たときからせっちゃんっていい子やなぁーーーーって思ってやってたわけですが、途中拒絶されるときとか、マジかわいそス(´・ω・)とか思っていて、雪菜ルートが終わったと思って、あぁ、よかったよかったとか思っていたら、なんかまた始まったりして、胃が痛いぜってなったけれども、TRUEエンドで滅茶苦茶ハッピーでよかったなぁって思うわけですが、もはや雪菜TRUEに入るちょっと前ぐらいから、断然かずさ派になってしまいました。
春希君とかずさの会話がどう見ても恋人なんですよ。もうね、春希と話しているときのかずさがね、かわいくてかわいくて。
White Album 2と言う話は、魔法もタイムリープも何も出ないし、ひたむきに日常的な会話と男女の愛憎劇が繰り返されるだけの、地味な作品なんですが、その地味な日常をもの凄くていねいに書いているんですよ。おかげさまでびっくりするぐらいの分量なんですが。
で、プレイしていくうちに気がつくんですよ。春希はどう見てもかずさが好きだし、かずさはどう見ても春希が好きだし、もういい加減に付き合っちゃえよと言うそういう感じなんですね。素敵ですね。
で、サブヒロインを攻略後にかずさルートをやってみました。いやぁ、雪菜ルートやってからのサブヒロインはどれも素敵なんですけれどもね、、、ちょっとですね、、、違和感と言うか、、、春希君なんで雪菜ちゃん捨てちゃうのん?っていう感じが残りました。どのヒロインもとても魅力的なんですが、何と言うか主人公の選択的に「えっ?」っていう感じがする。いや、僕が雪菜とかずさにメロメロ過ぎるだけなのかもですが、、、まぁ、春希君があの2人以外を選ぶと言うのはありえない気がどうしてもしてしまう。むしろ、麻理さんルートみたいに春希君が駄目駄目になってくれれば納得がいくんですが、、、という感じでした。
で、かずさをやってみるわけですが、、、まぁ、春希にとってはかずさは攻略って言うよりはすでに攻略済みみたいな?なんていう軽い気持ちで始めたんですよ。。。。2時間ぐらいで、今までにないぐらい胃が痛くなりました。
いやぁ、人間って凄いだろう。。。エロゲーやっているのに胃がこんなに痛くなるんだぜっていう気持ちでした。
この話、この雪菜の強さやみんなの優しさとかが、かずさルートになると、全部否定されるんですよ。実は、千晶に春希と雪菜が付き合っていることが分かると、「略奪愛じゃん!」って言われるわけなんですが、そうなんです。
雪菜は本来は付き合っていたかずさと春希の仲に割り込んだ挙句に春希を奪ってしまったんだという想いがあってそのカルマをずっと抱き続けているんですよ。そのことから自身を責め続ける雪菜とそれを理解しているわけもなく、結婚間近になっていたのに何故今更心変わりするんだと責めるかつての親友たちと雪菜の両親と。。。
多分、世の中の趨勢とは異なっていて、僕の心に一番残った話は、かずさnormal endだったりします。かずさは永遠に春希と共に生きていくと言うことを諦めてしまうということで、攻略と言う観点からしたらある種のバッドエンドなんですが、かずさの人としての弱さがにじみ出ていてとても素敵であり、また、唯一かずさが春希から「卒業」出来たというエンディングなんだろうなと思います。
シーンとしてもとても秀逸で、雪の中で、春希との別れを告げるかずさがとても印象的でとても魅力的でした。雪の中を追いかけて、見つけたかずさの表情が分からないように描いているんですが、それが更に見る側の想像をかきたてる。

もうね、かずさはぞっこんなんだぜって思っていた矢先に、こんなシチュエーションに入ったらびっくりします。まぁ、この話は大分先がない感じのする話だったので、いつかこうなるんだろうと思っていたんですが、、、
かずさnormalは、浮気をして仕事から逃げて、世間からも逃げて、それで先がなくなって、、、っていう話なんですが、ここまで引き込んだかずさが、駄目駄目だったかずさが、最期の最期で正気を取り戻す様がとても魅力的でかっこよかった。まぁ、この話の春希君は駄目駄目すぎるんですがねw
あとは、かずさTrueの不器用なかずさにもぞっこんです。二人で日本を離れると言うときに、頑張って春希を元気付けようとする、気持ちを伝えようとする、そのかずさの健気さが、もうね、
雪菜の壊れっぷりと言うか、おかしくなりっぷりというか、まぁ、半分おかしくてきっとどこかに正気があるようなそういう感じもとても素敵でした。雪菜ルートで描かれていた彼女の強さも裏を返せば、嫉妬と独占欲で構成されているわけで、好きな人のためにここまで出来てしまうんだっていうところは怖さにも映る。(交通事故にあいながらも、友達の演奏のために必死に逃げていた超人雪菜とかは正直現実離れしている気もしましたが、、、)
かずさルートはどっちのヒロインが好きとか関わらず、好きな人が多いんじゃないかと思います。綺麗な話を絶対に綺麗なままにさせて終わらない。そういう意思を感じました。
取りあえず、言い足りないことはあるかと思いますが、それは今後書き足していくことにします。White album 2はここ最近のエロゲでも最高部類に入るといわれて納得のものでした。
ストーリーで冒険をまったくしないというところが、政策側からしたらむしろ冒険だったわけでしょうが、それでも無事にこの物語が出てくれたことに感謝をしたいと思います。
そんな作品が、2011年のエロゲ最高作といわれたWhite album 2です。
この話は三角関係を描いたもので、主人公が二人のヒロインの間で心が揺れ動くさまを延々と見させられると言う、主人公に対してある種の怒りすら起こるような内容になっている。そもそも書き方だって、学園祭と言う楽しい青春とその後の行き着くところまで行き着いた3人の高校時代の青春と恋を書いておいて、そして、その後大学生活以降の未来と結末を書いていくっていう手法でして、、、、、いやぁ、あれだけの楽しい日々を書いておいて、それからどん底まで突き落とすというのは、読み手の胃痛に訴えかける新たな手法として認定されるのではないかと言うぐらいなものでして、、、、ってあまりに話題が離れすぎてもよろしくないので割愛しますが。
一つ言うとしたら、どぎついエロゲーでした。欝というが正しいのか、ただ欝ゲーと言うにはあまりにも内容が濃すぎる。そして素晴らしすぎる。取りあえずはそういう話でした。
えぇっと、肝心のストーリーはデスね、、、、、(以下微妙にネタバレ。)
『introductory chapter』
舞台は2007年秋[1]の東京都。峰城大付属3年生の北原春希は学園生時代最後の思い出を作るため軽音楽同好会へ加入するが、バンドは痴情のもつれから崩壊してしまった。学園祭のバンド発表を成功させるためメンバー集めを開始した春希は、屋上で歌っていた学園のアイドル小木曾雪菜を勧誘する事に成功する。更に、クラスの問題児冬馬かずさがピアノの天才であったことが発覚し、彼女をメンバーに迎える。バラバラだった3人は一生懸命に打ち込んだ末に学園祭で大成功を修め、3人は心の底から結び合えた…と思っていた。しかし、この日からそれぞれの恋は残酷な悲劇へと走り出してしまう。
『closing chapter』
2010年秋、冬馬かずさとの別れから3年が経ち、北原春希は小木曾雪菜と疎遠になっていた。かずさは遠く欧州の地でピアニストの道を歩み、春希はギターを手放し、雪菜は歌を忘れた。春希の傍にいる女性は雪菜ではなく文学部でできた気の置けない友人、和泉千晶に変わってしまっている。ある日、春希はバイト先の上司である風岡麻理の指示でかずさの特集記事を書くことになった。これが転じて春希と雪菜に復縁の機会が訪れる。また、とある一件から出会った後輩の杉浦小春とは衝突を繰り返しつつも、春希と雪菜の事情を知られたことで復縁の協力を半ば強引に約束される。おせっかいな周囲に後押しされながらも関係修復を探りあう二人。しかし未だかずさとの傷が癒えていない事を思い知り、春希は雪菜に拒絶されてしまう。
『coda』
2012年、『終章』で小木曾雪菜と結ばれてから2年後のクリスマスイブ。雪菜と婚約目前までこぎ付けていた北原春希はストラスブールへの取材旅行中に、冬馬かずさと運命的な再会を果たしてしまう。後に春希は日本公演のため帰国したかずさと密着取材という形で再び関わり合いになることになった。それは今まで何度も決別したはずの、かずさへの愛情を揺り起こすのに十分な日々だった。春希は5年前のように、雪菜を愛する心との葛藤に苛まされていく。
以上wikiより!って内容を伝えるやる気、ないっすね、、、自分、、、いやぁ、正直な感想としては是非プレイしてそれからあらゆるブログを読んで感想をぶちまけあっていただければと思うそういう話なんですよ。wikiなんかで書かれた内容なんかよりも数千倍の威力がある!エロゲってこんなに楽しいんだ!という気持ちでいっぱいになりました。
というわけで、もうしわけながら以下は僕の勝手な感想になります。駄文で申し訳ありませんが、、、、
僕がこの話を読んで一番に思った感想は、雪菜が主人公で、かずさがヒロインだということです。いや雪菜派の皆さん、すいませんが、僕はかずさ派になってしまいました。心の弱い人として弱いかずさと、強くてまぶしい雪菜。その二人が対照的に書かれていて、見るものをあっと驚かすんですよ、この話は。弱い女の子に惹かれるのか、強い女の子に惹かれるのか。多分かずさ派と雪菜派の分かれ目はそこなんじゃないでしょうか?
とりあえず、始めてみて雪菜ルートをまっしぐらにやっていきました。最初に見たときからせっちゃんっていい子やなぁーーーーって思ってやってたわけですが、途中拒絶されるときとか、マジかわいそス(´・ω・)とか思っていて、雪菜ルートが終わったと思って、あぁ、よかったよかったとか思っていたら、なんかまた始まったりして、胃が痛いぜってなったけれども、TRUEエンドで滅茶苦茶ハッピーでよかったなぁって思うわけですが、もはや雪菜TRUEに入るちょっと前ぐらいから、断然かずさ派になってしまいました。
春希君とかずさの会話がどう見ても恋人なんですよ。もうね、春希と話しているときのかずさがね、かわいくてかわいくて。
White Album 2と言う話は、魔法もタイムリープも何も出ないし、ひたむきに日常的な会話と男女の愛憎劇が繰り返されるだけの、地味な作品なんですが、その地味な日常をもの凄くていねいに書いているんですよ。おかげさまでびっくりするぐらいの分量なんですが。
で、プレイしていくうちに気がつくんですよ。春希はどう見てもかずさが好きだし、かずさはどう見ても春希が好きだし、もういい加減に付き合っちゃえよと言うそういう感じなんですね。素敵ですね。
で、サブヒロインを攻略後にかずさルートをやってみました。いやぁ、雪菜ルートやってからのサブヒロインはどれも素敵なんですけれどもね、、、ちょっとですね、、、違和感と言うか、、、春希君なんで雪菜ちゃん捨てちゃうのん?っていう感じが残りました。どのヒロインもとても魅力的なんですが、何と言うか主人公の選択的に「えっ?」っていう感じがする。いや、僕が雪菜とかずさにメロメロ過ぎるだけなのかもですが、、、まぁ、春希君があの2人以外を選ぶと言うのはありえない気がどうしてもしてしまう。むしろ、麻理さんルートみたいに春希君が駄目駄目になってくれれば納得がいくんですが、、、という感じでした。
で、かずさをやってみるわけですが、、、まぁ、春希にとってはかずさは攻略って言うよりはすでに攻略済みみたいな?なんていう軽い気持ちで始めたんですよ。。。。2時間ぐらいで、今までにないぐらい胃が痛くなりました。
やつを攻略する前に言っておくッ!
おれは今やつのルートをほんのちょっぴりだが体験した
い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……
,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
(.___,,,... -ァァフ| あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
|i i| }! }} //|
|l、{ j} /,,ィ//| 『おれはエロゲーをやって、かずさたんムフフと
i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ 思ったらいつのまにか胃を痛めていた』
|リ u' } ,ノ _,!V,ハ |
/´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
/' ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ おれも何をされたのかわからなかった…
,゙ / )ヽ iLレ u' | | ヾlトハ〉
|/_/ ハ !ニ⊇ '/:} V:::::ヽ 頭がどうにかなりそうだった…
// 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
/'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐ \ 欝ゲーだとか孕ませゲーだとか
/ // 广¨´ /' /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
ノ ' / ノ:::::`ー-、___/:::::// ヽ }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::... イ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
おれは今やつのルートをほんのちょっぴりだが体験した
い…いや…体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……
,. -‐'''''""¨¨¨ヽ
(.___,,,... -ァァフ| あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
|i i| }! }} //|
|l、{ j} /,,ィ//| 『おれはエロゲーをやって、かずさたんムフフと
i|:!ヾ、_ノ/ u {:}//ヘ 思ったらいつのまにか胃を痛めていた』
|リ u' } ,ノ _,!V,ハ |
/´fト、_{ル{,ィ'eラ , タ人 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
/' ヾ|宀| {´,)⌒`/ |<ヽトiゝ おれも何をされたのかわからなかった…
,゙ / )ヽ iLレ u' | | ヾlトハ〉
|/_/ ハ !ニ⊇ '/:} V:::::ヽ 頭がどうにかなりそうだった…
// 二二二7'T'' /u' __ /:::::::/`ヽ
/'´r -―一ァ‐゙T´ '"´ /::::/-‐ \ 欝ゲーだとか孕ませゲーだとか
/ // 广¨´ /' /:::::/´ ̄`ヽ ⌒ヽ そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
ノ ' / ノ:::::`ー-、___/:::::// ヽ }
_/`丶 /:::::::::::::::::::::::::: ̄`ー-{:::... イ もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…
いやぁ、人間って凄いだろう。。。エロゲーやっているのに胃がこんなに痛くなるんだぜっていう気持ちでした。
この話、この雪菜の強さやみんなの優しさとかが、かずさルートになると、全部否定されるんですよ。実は、千晶に春希と雪菜が付き合っていることが分かると、「略奪愛じゃん!」って言われるわけなんですが、そうなんです。
雪菜は本来は付き合っていたかずさと春希の仲に割り込んだ挙句に春希を奪ってしまったんだという想いがあってそのカルマをずっと抱き続けているんですよ。そのことから自身を責め続ける雪菜とそれを理解しているわけもなく、結婚間近になっていたのに何故今更心変わりするんだと責めるかつての親友たちと雪菜の両親と。。。
多分、世の中の趨勢とは異なっていて、僕の心に一番残った話は、かずさnormal endだったりします。かずさは永遠に春希と共に生きていくと言うことを諦めてしまうということで、攻略と言う観点からしたらある種のバッドエンドなんですが、かずさの人としての弱さがにじみ出ていてとても素敵であり、また、唯一かずさが春希から「卒業」出来たというエンディングなんだろうなと思います。
シーンとしてもとても秀逸で、雪の中で、春希との別れを告げるかずさがとても印象的でとても魅力的でした。雪の中を追いかけて、見つけたかずさの表情が分からないように描いているんですが、それが更に見る側の想像をかきたてる。
もうね、かずさはぞっこんなんだぜって思っていた矢先に、こんなシチュエーションに入ったらびっくりします。まぁ、この話は大分先がない感じのする話だったので、いつかこうなるんだろうと思っていたんですが、、、
かずさnormalは、浮気をして仕事から逃げて、世間からも逃げて、それで先がなくなって、、、っていう話なんですが、ここまで引き込んだかずさが、駄目駄目だったかずさが、最期の最期で正気を取り戻す様がとても魅力的でかっこよかった。まぁ、この話の春希君は駄目駄目すぎるんですがねw
あとは、かずさTrueの不器用なかずさにもぞっこんです。二人で日本を離れると言うときに、頑張って春希を元気付けようとする、気持ちを伝えようとする、そのかずさの健気さが、もうね、
かわいいんだよ!!!!
雪菜の壊れっぷりと言うか、おかしくなりっぷりというか、まぁ、半分おかしくてきっとどこかに正気があるようなそういう感じもとても素敵でした。雪菜ルートで描かれていた彼女の強さも裏を返せば、嫉妬と独占欲で構成されているわけで、好きな人のためにここまで出来てしまうんだっていうところは怖さにも映る。(交通事故にあいながらも、友達の演奏のために必死に逃げていた超人雪菜とかは正直現実離れしている気もしましたが、、、)
かずさルートはどっちのヒロインが好きとか関わらず、好きな人が多いんじゃないかと思います。綺麗な話を絶対に綺麗なままにさせて終わらない。そういう意思を感じました。
取りあえず、言い足りないことはあるかと思いますが、それは今後書き足していくことにします。White album 2はここ最近のエロゲでも最高部類に入るといわれて納得のものでした。
ストーリーで冒険をまったくしないというところが、政策側からしたらむしろ冒険だったわけでしょうが、それでも無事にこの物語が出てくれたことに感謝をしたいと思います。
出来ることを少し頑張ってみよう
さてはて、この私のブログを読んでいる方と言うのも、ある程度はアノニマスさんもいらっしゃるのでしょうが、大抵は私の知っている人たちでしょうと言うことで、あえて改めて私の身分を伝えようかと思います。
私は新卒で証券会社に就職後、コンサル会社に転職して現在は小さな外資系証券で働いてます。ってこれだけ言うと派手な人生に見えるわけですが、証券会社のときもコンサルにいたときも日系の一番下っ端でしたのでまぁ、おしゃれをする余裕もなく、外資系にいったは良いけれども昨今の状況から今年のボーナスはもちろん期待できるわけではないですし、「美味しい思い」と言うのからは随分遠くはなれた気がします。新卒から外資系にいらっしゃったようなエースの方と比べれると自分の今の給料は何分の一なんだろうと言う状況なんでしょう。
私の雇用は安定してませんが、それでも一般的な人に比べればきっと給料は高いわけで、その大半を住宅ローンにしている言うような生活をしております。雇用が安定していない分、早く借金を返さなくてはと言うインセンティブが働くわけでして、、、
で、今回なんでこんな私の内情をブログで書いたのかと言うと、「リーマンショックコンフィデンシャル」という本を読んで非常に思うところがでてきたため、あえて自分の正体を隠さず、まぁ自分自身に発破をかけるつもりで書いているわけです。
2008年の頃と言えば、リーマンがやばいといわれていた頃でして、まさに私はその頃海外関連の仕事を日本でやっていたものでしたから、いろいろと情報をアップデートしていた頃でした。2008年は、資本注入を受けたAIGが幹部を集めて豪華ホテルで豪華な食事をしながらのんきに会議をしているとか、そういう報道がいっぱいあって、あの頃から銀行マンの給料(欧米に限る)に疑問符がつき始めた気がします。私自身、稼ぎと給料が比例しない会社にいたから冷静になれたんだと思いますが、評価益を出して稼ぎましたといったところで、それを実現益にするのにどれだけのコストが掛かるのかということをちゃんと評価しているのかと言うことには随分疑問がありました。
仕組債の組成とか、どう考えても評価益で稼いだようにしか見せてないはずなのに、それでゴールドマンサックスのボーナスプールが1兆円近くあるとかそういう報道を見て、この業界は持続可能ではないのではないかと思っていたしだいです。まぁ、今となっているからこそこうやって偉そうに言っているだけなんでしょうが。
ただ、それでも2008年の頃の米銀のバンカーは努力をしたんだと言うのがこのリーマンショックコンフィデンシャルを見て感じたことです。彼らは会社で自分のビジネスを続けたほうがはるかに稼げるはずなのに、NY FEDの一室に何週間もこもって、リーマン破綻前後の金融危機におけるワーストシナリオと、各銀行の抱える評価損を相当正確に推定していたというのです。金のためではなくアメリカのために働くと言う判断を多くの重役が下して、その結果としてあれだけの大きなショックから早い段階でアメリカ経済は立ち直ろうとしているのかなと言うようには見えます。
Occupy WSとかそういう活動があるわけで、多くのアメリカ人は不満があるのだと思いますが、無給で無休の仕事をしたと言う努力が、昨今の強いアメリカの経済指標に少しは現れているのかなと思っています。
で、何故こんなことを話しているのかと言えば、ここ最近の日本国債に対する財政リスクとかそういう話が出てきているわけで、まぁ、これの解決に向けて霞ヶ関の方々が不眠不休の努力をなされているのだと思いますが、より自体が深まってくれば、我々もあらゆることを投げ出してでも、この国のためにできることをしなくてはいけなくなる日が来るのだろうなと思っているわけです。
そりゃ、外資系証券にいるわけですから金のために働くと言うことをコミットしていかなくちゃならないわけですが、そういう概念を超えた想いをもっていたからこそ、サブプライム問題のときにそのショックを、多くの米銀バンカーが不眠不休で計測して、そして解決策を考えた。あぁ、そういうことだったんだなぁって思うようになりました。
如何せん弱小な会社に居るので同じステージに立たせてもらうことはないのでしょうし、最悪の場合であれば私はあらゆる人生の決断をしなくては行けなくなるのでしょうが、それでも自分が出来るだけのことをやって、これからやってくる本当の悲惨な波を如何に対処するのか考えるときが来るのだろうと思っています。まぁ、できることなんて凄く少ないわけなんですけれども、それでも何もしないというわけではないし、出来ることからやっていこうと。
そんなこんなで、少し頑張ってみれればいいなと思います。
私は新卒で証券会社に就職後、コンサル会社に転職して現在は小さな外資系証券で働いてます。ってこれだけ言うと派手な人生に見えるわけですが、証券会社のときもコンサルにいたときも日系の一番下っ端でしたのでまぁ、おしゃれをする余裕もなく、外資系にいったは良いけれども昨今の状況から今年のボーナスはもちろん期待できるわけではないですし、「美味しい思い」と言うのからは随分遠くはなれた気がします。新卒から外資系にいらっしゃったようなエースの方と比べれると自分の今の給料は何分の一なんだろうと言う状況なんでしょう。
私の雇用は安定してませんが、それでも一般的な人に比べればきっと給料は高いわけで、その大半を住宅ローンにしている言うような生活をしております。雇用が安定していない分、早く借金を返さなくてはと言うインセンティブが働くわけでして、、、
で、今回なんでこんな私の内情をブログで書いたのかと言うと、「リーマンショックコンフィデンシャル」という本を読んで非常に思うところがでてきたため、あえて自分の正体を隠さず、まぁ自分自身に発破をかけるつもりで書いているわけです。
2008年の頃と言えば、リーマンがやばいといわれていた頃でして、まさに私はその頃海外関連の仕事を日本でやっていたものでしたから、いろいろと情報をアップデートしていた頃でした。2008年は、資本注入を受けたAIGが幹部を集めて豪華ホテルで豪華な食事をしながらのんきに会議をしているとか、そういう報道がいっぱいあって、あの頃から銀行マンの給料(欧米に限る)に疑問符がつき始めた気がします。私自身、稼ぎと給料が比例しない会社にいたから冷静になれたんだと思いますが、評価益を出して稼ぎましたといったところで、それを実現益にするのにどれだけのコストが掛かるのかということをちゃんと評価しているのかと言うことには随分疑問がありました。
仕組債の組成とか、どう考えても評価益で稼いだようにしか見せてないはずなのに、それでゴールドマンサックスのボーナスプールが1兆円近くあるとかそういう報道を見て、この業界は持続可能ではないのではないかと思っていたしだいです。まぁ、今となっているからこそこうやって偉そうに言っているだけなんでしょうが。
ただ、それでも2008年の頃の米銀のバンカーは努力をしたんだと言うのがこのリーマンショックコンフィデンシャルを見て感じたことです。彼らは会社で自分のビジネスを続けたほうがはるかに稼げるはずなのに、NY FEDの一室に何週間もこもって、リーマン破綻前後の金融危機におけるワーストシナリオと、各銀行の抱える評価損を相当正確に推定していたというのです。金のためではなくアメリカのために働くと言う判断を多くの重役が下して、その結果としてあれだけの大きなショックから早い段階でアメリカ経済は立ち直ろうとしているのかなと言うようには見えます。
Occupy WSとかそういう活動があるわけで、多くのアメリカ人は不満があるのだと思いますが、無給で無休の仕事をしたと言う努力が、昨今の強いアメリカの経済指標に少しは現れているのかなと思っています。
で、何故こんなことを話しているのかと言えば、ここ最近の日本国債に対する財政リスクとかそういう話が出てきているわけで、まぁ、これの解決に向けて霞ヶ関の方々が不眠不休の努力をなされているのだと思いますが、より自体が深まってくれば、我々もあらゆることを投げ出してでも、この国のためにできることをしなくてはいけなくなる日が来るのだろうなと思っているわけです。
そりゃ、外資系証券にいるわけですから金のために働くと言うことをコミットしていかなくちゃならないわけですが、そういう概念を超えた想いをもっていたからこそ、サブプライム問題のときにそのショックを、多くの米銀バンカーが不眠不休で計測して、そして解決策を考えた。あぁ、そういうことだったんだなぁって思うようになりました。
如何せん弱小な会社に居るので同じステージに立たせてもらうことはないのでしょうし、最悪の場合であれば私はあらゆる人生の決断をしなくては行けなくなるのでしょうが、それでも自分が出来るだけのことをやって、これからやってくる本当の悲惨な波を如何に対処するのか考えるときが来るのだろうと思っています。まぁ、できることなんて凄く少ないわけなんですけれども、それでも何もしないというわけではないし、出来ることからやっていこうと。
そんなこんなで、少し頑張ってみれればいいなと思います。
新年明けましておめでとうございます
新年明けましておめでとうございます。
昨年は大震災があり、どきどきの1年でしたが今年はどんな未来が待っているのでしょうか。
私事ながら、30歳を越えたということもあり、いわゆる後戻りの出来ない年齢になってきたんだなとも思っております。
自分のできることは何かと考えて、理学部数学科に進学したのが10年前。まぁ、数学以外の特技がなかったので行ったのは必然の流れですが、自分の限界を感じて、あと少し相場への興味と言うものも覚えて、社会に飛び出したのが6年前。社会人をやって直ぐに気がついたことは、自分がやりたいと思っていることをやると言うことが難しいと言うことと、やりたいと思うことがあってもやらせてもらえないということがとても辛くて苦しいと言うことだった。
最初の会社を飛び出てまた気がついたことは、中途の扱いと言うのはどこも酷いと言うもので、みんな自分のためにしか生きていないし、それが当たり前なんだと言うことと、そのことに気がつかなかった自分自身のおろかさだったような気もする。今でも思い出す。風邪を引いたらその時間は労働時間から省くので無理してでも5時半まで居なさいと言われたことや、仕事がとって来れない上司が飲みの席で「お前は放置だ」と言ってきたこと。そういう理不尽さから逃れて今の会社の上司に拾われたことはとても運が良かったんだろう。
今の会社は、大きい会社ではないがここで自分が思いついたことをどんどんやっていかないとクビを切られるんだろうけれども、そういう働き方のほうが自分にはあっているような気もするし、いつまで続くのか分からないけれども、どうせクビを切られるのならば、やれるかぎりやって納得いくまでやってから切られるほうがきっといいんだろう。
目の前の経済や業界動向は決して明るくないけれども、やれることをやっていく。そして、そうして自分はやっていったんだと言い切れるまでやっていく。そういう意味ではやることなんて去年も一昨年も今年も変わらないのだろう。
さて、今年1年がんばろうかなと。
昨年は大震災があり、どきどきの1年でしたが今年はどんな未来が待っているのでしょうか。
私事ながら、30歳を越えたということもあり、いわゆる後戻りの出来ない年齢になってきたんだなとも思っております。
自分のできることは何かと考えて、理学部数学科に進学したのが10年前。まぁ、数学以外の特技がなかったので行ったのは必然の流れですが、自分の限界を感じて、あと少し相場への興味と言うものも覚えて、社会に飛び出したのが6年前。社会人をやって直ぐに気がついたことは、自分がやりたいと思っていることをやると言うことが難しいと言うことと、やりたいと思うことがあってもやらせてもらえないということがとても辛くて苦しいと言うことだった。
最初の会社を飛び出てまた気がついたことは、中途の扱いと言うのはどこも酷いと言うもので、みんな自分のためにしか生きていないし、それが当たり前なんだと言うことと、そのことに気がつかなかった自分自身のおろかさだったような気もする。今でも思い出す。風邪を引いたらその時間は労働時間から省くので無理してでも5時半まで居なさいと言われたことや、仕事がとって来れない上司が飲みの席で「お前は放置だ」と言ってきたこと。そういう理不尽さから逃れて今の会社の上司に拾われたことはとても運が良かったんだろう。
今の会社は、大きい会社ではないがここで自分が思いついたことをどんどんやっていかないとクビを切られるんだろうけれども、そういう働き方のほうが自分にはあっているような気もするし、いつまで続くのか分からないけれども、どうせクビを切られるのならば、やれるかぎりやって納得いくまでやってから切られるほうがきっといいんだろう。
目の前の経済や業界動向は決して明るくないけれども、やれることをやっていく。そして、そうして自分はやっていったんだと言い切れるまでやっていく。そういう意味ではやることなんて去年も一昨年も今年も変わらないのだろう。
さて、今年1年がんばろうかなと。
初音ミク、日本代表アーティストに選ばれる
お久しぶりです。
既にブログを更新しなくなってしまって大分時間がたちますが、最近少し面白いなって思うことがあったので、心に残ったことを書き留めておくためにも更新をしておこうかと久しぶりにブログ記事を更新しました。
ここ最近で心に残ったこととして、Google ChromeのCMに初音ミクが使われたことがありました。
"Google Chrome Global Campaign" という、Lady GagaやJustin Bieber といった世界中のアーティストが出演していることで反響を呼んでいるものの日本代表として選ばれたみたいですが、非常にいい出来で感動してしまいました。
是非動画を見ていただきたいのですが、最後にある「初音ミク Virtual Singer」とあるあとに、CMの製作参加者のところを一気にスクロールして「Everyone, Creator」とあるのがとても印象的なものでした。
Lady GagaのCMと見比べてみましょう。
最後のほうになって、Lady Gagaの曲でダンスをする人たちを紹介した後に、 "Stay strong, little monsters"というスクリプトのあとにLady Gagaのアップがでて"Lady Gaga, mother monsters"というスクリプトが出てくるのが印象的だったのですが、カリスマ的なレディ・ガガを見て他の人たちが元気をもらうというようなコンセプトを感じました。
こういったカリスマではなく、"Everyone, Creator" と紹介する日本のGoogleに粋を感じてしまいます。あえて誤解する言い方をすればLady Gagaに相当するようなカリスマの人間が日本にいないということでもあるんでしょう。この日本においては出るくいは打たれるものであり、カリスマが育ちにくい環境であると、そういうことでもあるんだと。
ただ、カリスマが人々を引っ張っていくと言うのではなく、一人ひとりの才能あるクリエーターが各々の役割を全うして一つの作品を作り上げていくと言うのが日本らしさでもあるんだろうなと思います。一人ひとりはカリスマになるのではなくあくまでも初音ミクという仮想のカリスマのための礎になるために働いている。もちろん個々に素晴らしい才能を持っているんですがそれが力を合わせるとここまで素晴らしいものができるのかと感じさせてくれたことがとても感動できる内容でもありました。
皆で作り上げていき、皆で楽しむ。それが日本らしさと言うものでありこの国の文化と言うことなんでしょう。
いやはや、地域性をここまで見事に演出したGoogleにあっぱれです。
既にブログを更新しなくなってしまって大分時間がたちますが、最近少し面白いなって思うことがあったので、心に残ったことを書き留めておくためにも更新をしておこうかと久しぶりにブログ記事を更新しました。
ここ最近で心に残ったこととして、Google ChromeのCMに初音ミクが使われたことがありました。
"Google Chrome Global Campaign" という、Lady GagaやJustin Bieber といった世界中のアーティストが出演していることで反響を呼んでいるものの日本代表として選ばれたみたいですが、非常にいい出来で感動してしまいました。
是非動画を見ていただきたいのですが、最後にある「初音ミク Virtual Singer」とあるあとに、CMの製作参加者のところを一気にスクロールして「Everyone, Creator」とあるのがとても印象的なものでした。
Lady GagaのCMと見比べてみましょう。
最後のほうになって、Lady Gagaの曲でダンスをする人たちを紹介した後に、 "Stay strong, little monsters"というスクリプトのあとにLady Gagaのアップがでて"Lady Gaga, mother monsters"というスクリプトが出てくるのが印象的だったのですが、カリスマ的なレディ・ガガを見て他の人たちが元気をもらうというようなコンセプトを感じました。
こういったカリスマではなく、"Everyone, Creator" と紹介する日本のGoogleに粋を感じてしまいます。あえて誤解する言い方をすればLady Gagaに相当するようなカリスマの人間が日本にいないということでもあるんでしょう。この日本においては出るくいは打たれるものであり、カリスマが育ちにくい環境であると、そういうことでもあるんだと。
ただ、カリスマが人々を引っ張っていくと言うのではなく、一人ひとりの才能あるクリエーターが各々の役割を全うして一つの作品を作り上げていくと言うのが日本らしさでもあるんだろうなと思います。一人ひとりはカリスマになるのではなくあくまでも初音ミクという仮想のカリスマのための礎になるために働いている。もちろん個々に素晴らしい才能を持っているんですがそれが力を合わせるとここまで素晴らしいものができるのかと感じさせてくれたことがとても感動できる内容でもありました。
皆で作り上げていき、皆で楽しむ。それが日本らしさと言うものでありこの国の文化と言うことなんでしょう。
いやはや、地域性をここまで見事に演出したGoogleにあっぱれです。
今期はやっぱり、ピングドラムだね
お久しぶりでございます。
思ったこと、感じたことをありのままに書いておいて、いつか見返したときにどういうことが起きていたのか分かるようになったら嬉しいなって思って書き始めた当該ブログも気がつけば、8年になるわけで、院生時代のものから含めれば10年ぐらいになるのかと思うととても感慨深い限りです。
仕事については、まぁ、色々と最近はありすぎて、何が何だか分からないというのが感想ですが、やれることをたんたんとやると言う以上のことは出来ないでしょうし、まぁ、なるようになれというのが正解なんでしょう。
過度な負債は作らず、でも貯蓄したところで報われないことも分かっているので、保守的になりすぎずで過ごしております。
というわけで、輪るピングドラムですよ!
外人の作ったまどマギのファンページがFaceBookに出来ているんですが、ここでもよく「生存戦略ーーー」って言う声が聞こえてきておりまして、いやぁ外人の流れはまどかからペンギンに変わっているんだなと思いました。
ポイントはコミカルながら滅茶苦茶重い内容を書こうとしているんじゃないかって言うところですよ。
『輪るピングドラム』第6話・・少しずつだけど確実に話を進めていくね~ そしてリンゴちゃんの初夜ワロタww
というよりは、正しくは滅茶苦茶重い暗い話を、可能な限りコミカルに書こうとしているんじゃないかって言うべきかもしれません。ポップな音楽と大げさな演技演出、そしてコミカルに描くことで分かりづらくしているけれども、どこかしら暗さを思わせる人たち。
「きっと何者にもなれないお前たちに告ぐ」という台詞が実は最大の伏線なんじゃないのかなと思ったりもするわけです。物語が進むにつれて、如何にあの兄たちが何者にもなれそうにないのかと言うのがあらわになる一方で、「きっと」と言う言葉を残している。いやぁ、これはきっととことん落として最後にどんでん返しをするタイプだろうなと思ったりと化しているわけですが、まぁ、話が進まないと何もいえないさね。
とにかく、シュールかつ不条理でベールをしている感じがあるわけですが、丸の内線と95という数字はサリン事件を表しているんじゃないかとか、そういう憶測も流れるわけで非常にワクワクしてきます。
ネタバレが怖いからと思ってみてきませんでしたが、小説も出ているそうでして、この演出の質を楽しむと言う意味でも読んでみても良いかもしれません。
ではでは、生存戦略しましょうか!
思ったこと、感じたことをありのままに書いておいて、いつか見返したときにどういうことが起きていたのか分かるようになったら嬉しいなって思って書き始めた当該ブログも気がつけば、8年になるわけで、院生時代のものから含めれば10年ぐらいになるのかと思うととても感慨深い限りです。
仕事については、まぁ、色々と最近はありすぎて、何が何だか分からないというのが感想ですが、やれることをたんたんとやると言う以上のことは出来ないでしょうし、まぁ、なるようになれというのが正解なんでしょう。
過度な負債は作らず、でも貯蓄したところで報われないことも分かっているので、保守的になりすぎずで過ごしております。
というわけで、輪るピングドラムですよ!
外人の作ったまどマギのファンページがFaceBookに出来ているんですが、ここでもよく「生存戦略ーーー」って言う声が聞こえてきておりまして、いやぁ外人の流れはまどかからペンギンに変わっているんだなと思いました。
ポイントはコミカルながら滅茶苦茶重い内容を書こうとしているんじゃないかって言うところですよ。
『輪るピングドラム』第6話・・少しずつだけど確実に話を進めていくね~ そしてリンゴちゃんの初夜ワロタww
というよりは、正しくは滅茶苦茶重い暗い話を、可能な限りコミカルに書こうとしているんじゃないかって言うべきかもしれません。ポップな音楽と大げさな演技演出、そしてコミカルに描くことで分かりづらくしているけれども、どこかしら暗さを思わせる人たち。
「きっと何者にもなれないお前たちに告ぐ」という台詞が実は最大の伏線なんじゃないのかなと思ったりもするわけです。物語が進むにつれて、如何にあの兄たちが何者にもなれそうにないのかと言うのがあらわになる一方で、「きっと」と言う言葉を残している。いやぁ、これはきっととことん落として最後にどんでん返しをするタイプだろうなと思ったりと化しているわけですが、まぁ、話が進まないと何もいえないさね。
とにかく、シュールかつ不条理でベールをしている感じがあるわけですが、丸の内線と95という数字はサリン事件を表しているんじゃないかとか、そういう憶測も流れるわけで非常にワクワクしてきます。
ネタバレが怖いからと思ってみてきませんでしたが、小説も出ているそうでして、この演出の質を楽しむと言う意味でも読んでみても良いかもしれません。
ではでは、生存戦略しましょうか!
魔法少女、それは運命に抗う少女と運命を受け入れた少女の話だった
いつか書こうか書こうか非常に悩んでいるうちにタイミングも失った上、私のこのわけの分からないコンセプトのブログ以上にはるかに素晴らしい考察サイトが色々と更新をされていって、もう語ることなんてないんじゃないかななんて言う気持ちにもなります。
それでも、やっぱり逃げずに頭の中を整理して書いていかないと気がすまない自分が居ます。
あまり上手くまとまらないかもしれない、でも何とか話してみようと思うから聞いて欲しい。
話題の対象はもちろん、まどか☆マギカ
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それでも、やっぱり逃げずに頭の中を整理して書いていかないと気がすまない自分が居ます。
あまり上手くまとまらないかもしれない、でも何とか話してみようと思うから聞いて欲しい。
話題の対象はもちろん、まどか☆マギカ
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