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わかる、物凄くわかる

たまに、ネットを徘徊しているととても同意したくなる文章を発見してしまう。
ただ、リアルで言ったところで理解してくれる人なんていそうにもないから、分かる、分かると思いながら、こうやって日記に書くしかない。
それで、改めて後日自分の日記を見てみたところで、よくわからない文章を書いているな俺とか思いながら益々ブルーになる。
でも、書いてしまう。
ブログを書く上で一番大事なのは勢いだから。

ラブコメの完結時に、達成感と同時に湧き上がる置いてけぼり感

というわけですよ。
ラブコメって完結したら置いてけぼり感が沸きあがるんですよ。
作中では、主人公にいらいらしながら、すれ違いなんて起きた日には、「あぁ、もう」と怒りそうになりながら、それでも何とか努力してくっつこうとするときには感動しながら、そして完結したときには物凄い充実感とともに寂しさが伴うわけですよ。
嫁をゲットして、幸せになって、頑張れよーなんて思いながら、物凄く寂しくなるんですよ。
成瀬川はもう俺の嫁と言ってはいけないんだねと。「響子さぁぁぁぁん」と心の中で五代君と一緒に泣き叫ぶことはないんだねと。
あぁぁぁぁぁぁ、こういう物凄く共感できる文章って、リンクを張ろうが何をしようがおんなじ文章しか書けなくなってしまう。それが口惜しい。
そして、こんな気持ちになりながら、また作中の主人公にいらいらするような典型的ラブコメを探そうとしてしまう私なわけでごんす。

しかし、今のこんなラブコメってなんだ?
「ラブひな」以降あの喪失感におそわれる感覚をあまり味わっていない。
自分の感受性の問題なのか、なんなのか。

ゲームであれば、似ているジャンルってAIRでありCLANNADであり家族計画なんだけれども何となくあの感覚と少し違う。
ゲームの恋愛ってなんだか納得させられてしまうことが多い。
確かに、家族計画の青葉ルートは凄かったし今でも感動する。
でも不思議と喪失感はなかった。
何となくだけど、これら作品って少し現実に近くて現実から遠すぎていて、そこまで主人公になりきれないと言うか、少し自分が傍観者の立場になってしまう。エロゲってプレイヤーと主人公が一体となってヒロインとエッチするのが醍醐味なんだけれどもね。不思議ですね。

月姫やFateはラブコメではにが、なんだかこれらのゲームの喪失感に近い気がする。
主人公は作品の終盤で成長をする。
ヒロインと別れることもあるけれども、主人公は自分の道を歩む力を得ている。
この主人公の成長と言うものと恋愛の置いてけぼり感が似ているのか。

じゃぁ、話は戻って最近の漫画やラノベでは何が近いんだ?
「とらドラ」かな?
正直、まだ最初しか見ていない。大河と竜児は見ていてほほえましいし、焦らされもするしラブコメとしてはかなり追う道中の王道だ。確かにこれは要チェックだ。

あとは、「B型H系」か?確かに山田が処女を喪失したら凄い喪失感がありそう。でも何だか違う。あれは、もはや処女喪失だけが目的になっていない気がする。でも、結婚までもいかくぁwせdrftgyふじこ。

というわけで、何となく「とらドラ」が好きな理由ってあの喪失感を味わいたいがためだったんだと思ったりした。

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